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中国文人風雅のココロエ 琴棋書画に学ぶ

[ 2015-11-18 掲載 ]

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「文人」という言葉は元々、「武人」に対し書斎で仕事をする人との意味から発生したと言われる。時代を経るとともに概念は変遷したが学問をおさめ詩や書を得意とする教養人で、琴棋書画に代表される趣味に打ち込む姿は共通している。深まる芸術の秋、文人のたしなんだ風雅な中国文化に触れてみよう!

文人界のアイドル 竹林の七賢

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3世紀後半、河南省の竹林に集ったといわれる阮籍、王戎、山濤、向秀、嵆康、劉伶、阮咸の7人。既存の礼儀を軽視し、裸で大酒を飲みながら俗世を超越した議論を行った。権力闘争の激しかった当時、自由な言動には死の危険が伴ったため、アウトローを貫く姿は後世の文人の憧れとなった。書画の題材にもよく登場する。

 

発祥2500 年以上前
日本への伝来 
古墳・飛鳥時代ごろ

中国では「古筝悦人、古琴悦己」(筝は他人をよろこばせるもの、古琴は自分をよろこばせるもの)と言われ、孔子や諸葛孔明も愛した古琴。09年にはユネスコ世界遺産に登録された。文人の作法としてはまず沐浴し、服を着替え、香を焚き、そして琴
を楽しむ。晩秋や故人への思い、別れなどの楽曲が多く高い精神性が魅力だ。体験教室で初めて目にした古琴は想像よりも小さく、長さ110㎝ほど。弦はそれぞれ違う太さで7本、爪は無く直接指ではじく。職人の手で造られたものは千年もの間弾き継げ
るという。触れてみると手になじむなめらかな感触で、音を出すのは意外にも難しくない。静寂を強調するような穏やかな音が心地良い。多くの生徒が10回の授業で基本の3曲を習得できるという。練習用の古琴は約2000元から購入可能だが、良い音色で耳を慣らすため、教室の琴を借りることもできる。

備忘録 日本の職人魂 丸三ハシモト

1908年創業の、老舗伝統楽器弦メーカー。日本ではほとんど失われていた伝統製法を復活させ、上質な絹100%、ほとんど手作業でより合わせた古琴の弦を制作する。11年上海で行われた国際楽器展覧会「MUSIC CHINA」にも出展し反響を呼んだ。スチールの弦が主流の中、音の違いにこだわるプロの演奏家などから高い評価を受けている。

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<学校情報>
ELE中国語・英語講師派遣センター
住所:長寧区長寧路988号花園大厦902室
電話:021-5268-3151(日本語可)
授業は簡単な中国語だが、通訳も依頼可。

 

発祥 不明
日本への伝来 
古墳・飛鳥時代ごろ

碁の起源については諸説あるが、古代中国の星占いから転じて現在の遊戯になったとの説が有力。南北朝時代に全国大会が開かれるなど古くから多くの人に親しまれた。日本でも奈良時代すでに盛んに打たれており、平安時代には貴族のたしなみとされ源氏物語などにも登場する。囲碁から生まれたと言われる日本語も多く、「駄目」(打つ価値の無い場所のことから)、「一目置く」(初めから石を1つ置いてハンデをつけてもらうことから)、「結局」(一試合終えることを結局と言ったことから)などがある。必要な道具は、黒と白の碁石と碁盤のみで、線を引いた紙で気軽に代用が可能。正式な碁盤は、19路盤と呼ばれ縦横に19本ずつ線が入ったものだが、初心者用に13路盤や9路盤も存在する。現在はパソコンを介しての対戦や、プロの棋士の講義を受けられるネット囲碁教室などもある。

備忘録 最年少十段!伊田篤史さん(21)

三重県出身。8歳で漫画「ヒカルの碁」に出会いプロ棋士を目指すように。15歳でプロ入りし、デビュー戦から11連勝、15年4月に十段タイトル獲得。古代中国の思想家「荀子」の言葉「駑馬十駕(どばじゅうが)」(優れた馬が1日で駆ける距離は長いが、10日をかければ遅い馬でもたどり着ける)を座右の銘とし、サインにも「十駕」と書き入れるという。

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<囲碁のルールと魅力>
線の交差点へ白黒交互に石を打ち、最終的に囲った陣地が広い方が勝ち。相手の石を囲んで取り上げたり、打てない場所(着手禁止点)を作ったりと、展開を読み合う頭脳戦が魅力!遊びながら覚えよう!

 

発祥 不明
日本への伝来 
弥生時代ごろ

 文字の発明までさかのぼる中国の書道。殷の時代の甲骨文字にはすでに様式の美がみられるという。「記録」としての文字から、紙と筆の発達、個人の感情にスポットを当てた漢詩の流行などを土台に、東晋の書家、王羲之が楷、行、草などの各書体を洗練し、芸術の域にまで高めたとされる。指導してくれた艶先生によれば「誰にでも、せわしい日常を忘れる瞬間が必要。書道には人に静寂を感じさせ安らぎを取り戻す力がある」とのこと。書き出す前に心を静め、集中力を高めることが大切で、乱れた心は見る人に伝わるのだと教えられた。実際に筆を握り手を動かすと思い通りに書けずいびつな文字ばかり。しかし無心の書き取りで、感覚が冴えてくるのを感じられる。未経験者でも、筆の持ち方や姿勢から丁寧に指導を受けることができ安心だ。

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芸術としての書を確立した「書聖」。蘭亭で仲間と作った詩を詩集にする際、彼が酔いながら書いた序文「蘭亭序」は日本でも奈良時代から行書の手本とされた。

<学校情報>
パンダ語学学校(静安校)
住所:静安区愚園東路28号東海広場3号ビル3階
電話:400-820-3587
授業は中国語と英語。通訳も依頼可。

 

発祥14 世紀ごろ確立
日本への伝来 
鎌倉時代ごろ

伝統を重視し、写実的に表現する院体画(宮廷画家の画)に対し、文人が趣味として描いた画を「文人画」とよぶ。書と画の筆を共用していた中国において、「書く」ことになじみ深かった文人たちは「描く」ことにも熱心であった。余技である文人画は技巧より、感情表現や作品に漂う気品、趣を貴び、漢詩など教養の要素が加えられることで独自の芸術を形成していった。水墨画というと、失敗の許されない一発勝負を想像していたが、実際はごく薄い墨で下絵を描きその上から何度も筆を重ね陰影をつける。動物や野菜など身近なモチーフ、鮮やかな色彩も使用し親しみやすい。生徒によれば「水墨画をはじめて、日本の芸術に対する意識も変わった。何気なく眺めていた掛け軸なども、筆づかいや表現法が新鮮に感じられる」とのこと。授業は毎週日曜、模写からはじまるので初心者も楽しめる。

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現代水墨画家、鄭錫鎬(ジョン・ソクホ)が野生の世界を描くマンガ作品。中国で生まれた水墨画、韓国の作家、日本のマンガスタイルと東アジア文化のコラボレーションは必見だ。

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<学校情報>
jALA 絵画教室(長寧校)
住所:長寧区延安西路2077号金橋大厦1007室
電話:150-2129-7134(日本語可)
水墨画教室は毎週日曜開講。

 

受け継がれる篆書体

篆書体の起源については諸説あるが、中国最古、戦国時代の石刻である「石鼓文」に用いられた書体、大篆が始まりとの説が有力だ。その後中国を制した始皇帝は、法律や単位のほか、文字も統一。このとき、大篆を簡略化した小篆が採用され現在まで受け継がれる。詩や画、書類に印を押すため文人もよく篆刻を楽しみ、現代も書道や文書などで利用される。

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日本の文人と漢詩

中国のみならず日本でも文人必須の教養であった漢詩。日本を代表する文人、夏目漱石は小説だけでなく評論、詩作も得意で、漱石全集には多くの漢詩が残されている。文明開化以降日本の漢詩は中国語の発音が軽視され、本来の声調で読む際に韻に違和感があるとされるが、漱石の漢詩はピンインや声調に対する意識が細やかで美しく、朗読CDも発売された。

 

文人と四君子

日本では「花は桜木、人は武士」だが中国では清廉で高潔な趣を持った4種を草木の中の君子として称えた。文人も四君子を愛し、詩や画の題材とした。
蘭…気品ある姿と香り
竹…節を曲げないまっすぐさ
菊…晩秋の寒さに負けぬ強さ
梅…雪の中でも花を咲かすひたむきさ
中国麻雀の花牌としても有名。

 

 

 





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